専売法の廃止 お塩の輸入自由化 日本自然塩普及会会報 2002年(平成14年)1月1日

今年の3月で、1905(明治38)年から97年間続いた塩専売は終りです。
この塩自由化については、二つの面からのとらえ方があります。
一つは行政面。赤字に悩む塩専売を民営化しようとしながらも、
国内塩を守るという立場から40年程先おくりされ、引き伸ばされてきました。
ようやく今回、外圧が強く、三度目ではなく数度目の正直として、実現されることになりました。
 もう一つは1970(昭和45)年から胎動した、消費者からの要求に
よる塩の選択の自由からの面。29年前からは消費者の意向はある程度満たされたものの、
いろいろとたくさんの規制のあるものでした。その規制が長い月日を経て解け、自由化されるのです。

規制を加えられ、伯方の塩が誕生

現在市場には多種多様の塩が出回っていますが、
そのきっかけとなったのは消費者であった私達が起こした自然塩存続運動です。
国に対して「あまり化学的な造り方にしないで、過精製にしない塩を造ってほしい。」と訴えました。
返ってきた答えは、「国は造らない、欲しい者が造れ。」でした。そういった経過の後に、
今の「伯方の塩」のような製法の塩が、多くの厳しい規制を加えられて認可されたのです。
 私達消費者が「自然な製法の海塩がほしい。」と訴えていましたので、
国が輸入している、塩田でできた塩を専売公社から買って
(塩田の塩が良いと言っている要求はそれで満たされるだろうから)原料として使うこと、
原料塩を溶かすのに(海水の中には3%の塩があるから)海水を使ってはならない、
塩を煮詰める釜は、効率の良い釜は使ってはいけない、イオン交換膜製塩に切り替えたとき、
補助金を払ってやめさせた工場もあるから平釜しか使ってはいけない、
これらに違反すれば認可は取り消すというものでした。

論議されなかった「塩の製造法」

1971(昭和46)年、私達消費者が運動を起こし、国に対して「塩田のおいしい塩を残してほしい。」と
訴えると、専売公社関係者はもちろんのこと国会議員や消費者団体の人までも、
「塩はからいから、塩というのでしょう。」となかなか話が進展しませんでした。
専売公社関係の人には、「おいしいなどと味覚に関することは、主観の問題であって客観性がない。」
と門前払いをされ、論議にもなりませんでした。「イオン交換膜製塩は国民の健康に問題があるのではないか?」
と問題を投げかけても、同じ消費者までもが「国(政府、お上)が国民に対して悪いことをするはずがない。」
という返事ばかり返してきました。
(しかし、その頃、有機水銀によるイタイイタイ病、サリドマイドの薬害によるアザラシっ子、
豆腐に使用のAF2の問題などが起こっていたのです。)
 私達は、30年前この塩の製造法の大変革について消費者があまりにも知らなさ過ぎ、
また専門家であるはずの専売公社の関係者や厚生省関係者などが、
あまりにも無責任に論議もしないで変革していることに驚いたのです。
 このことから私達は、とにかく塩について国中で論議されることを望み、その努力をしました。
 少々のことでは、皆さんが塩について関心を持たず、振り向こうとしないため、かなり「どぎつい」表現や
誇張した表現を使う場合もありましたが、それは「正しい論議がされるための序説」と考えてほしいものです。
 当時、一般の日刊新聞で塩の消費者運動を取り上げてくれたのは「愛媛新聞」ただ一社でした。
「松山の主婦が塩田を守ろうと立ち上がった」という記事が一つだけだったのです。
 それが今では、塩についての論議は毎日のようにあちらこちらでされ、新聞や雑誌に載らない月はない
(日はないといってもいい)という状況になっています。それはそれでいいことだと思います。

塩のおいしさに目覚めた消費者

2001(平成13)年10月29日付の、朝新聞ウィークリーアエラに
自然塩と専売塩 どっちが美味い」の文中に、
フードドクターの東畑朝子元女子栄養大学客員教授は、
「専売廃止で、雑物が入っているお塩のおいしさに日本人が目覚めたという感じかしら。
塩辛さ、高純度で衛生的な食塩を作り上げたことは立派だけれど、
毎日の食事で完璧なモノを食べ続けるのはつらい。隙がない料理はつかれるでしょう。塩も同じだわ」
業界、学会で自然塩の「効能」については諸説入り乱れ、素人目には判断できない。
ただ、話を聞いた料理人たちが一致して、「ミネラル摂取とか、健康面まで広げず、美味ければいい」
という意見だったことは見逃せない。塩は調味料なのだ。
と、あります。これは30年前の「塩は辛いから塩というんでしょう。」
「味覚は主観であって、客観性がないから論拠とならない。」に対する答ではないでしょうか?

眼力を求められる消費者

1997(平成9)年に塩専売法が廃止され、
塩完全自由化への移行のための塩事業法も今年3月には廃止されて4月からは100%の自由化になります。
 これで30年前からの消費者の念願であった、
塩に対する『選択の自由』は権利としては完全に確保されたことになります。
しかし、現実問題として本当の『選択の自由』を手に入れるためには、
消費者が必要とする物に合致したものが、自由に手に入るようにならなければなりません。
合致すると思って手に入れても、それが結果として思いと違うものであれば、
それは『選択の自由』が満たされたことにはなりません。
 『自由』という言葉は非常に耳に心地よい言葉ですが、
日本の塩の場合それは、飼われていたもの(家畜)が野に返された(放たれた)面を持ちます。
規制されたことについては判断、決断の行動は伴いませんが、自由にはその選択肢の数だけ判断、
決断の行動が伴うのです。更に正しい判断や決断をする
ためには、正しい根拠となるものを持つことが要請されます。
 従って消費者は常に正しい情報を求め、自分で実体験しなければ正しい判断を下すことができないし
それに基づき供給者に対して、常に要請しなければ、望むものを選択することができません。
自由を得ることは一方では面倒くささも伴うのです。
一方、供給者は究極的には、この消費者の真に欲するものを供給しないと選択の外におかれるわけですから、
消費者に対して常に正しい情報を提供し、供給するものを消費者の真に欲するものに合致させる努力が要請されます。

「選択の自由」を守るために

数年前、塩浴がブームとなりましたが、
その時多く売り出された塩浴用の塩は今でははとんど姿を消してしまいました。
私共は塩浴について十余年前から提唱しています。
しかし、別に塩浴用の塩を必要としているわけではなく、
食用の『伯方の塩』で洗ってもらえばよいとして、現在も塩浴のよさを広めています。
その日指すところは、「人体と環境への負荷を少しでも少なくしよう」ということです。
 この塩浴ブームについて考えますと、
そこに、日本人の”熱し易く冷め易い”という国民性も影響しているとは思いますが
消費者の過剰な欲求と、供給者の誇張された情報が結びついた結果だと思います。
消費者の有余る要求と、供給者の欲望が絡みあいながらバブルは、はじけ、
塩浴(塩欲)ブームは去っていったのです。
 『選択の自由』を得た塩の業界においては、今後正しい情報を発信し続けていくこと、
きちっとした製品を供給することをしないと、やがて消費者からソツボをむかれ、
結果として自分の首をしめることになると思います。
 消費者の商品を厳しく見る眼力と、供給者の厳しく造る心がけ、
技が結びついてこそ本当の自由化が達成できるのです。

社是=伯方塩業株式会社 敬意を表して掲載します

一、わたくしたちは、
 天地の運行と万物生成化育の本源に則り、人類の平和と健康樹立の根源である健康適正塩を探究し、
 之を製造販売することに努力精進する。
一、わたくしたちは、 天地の運行と万物生成化育の本源に則り、会社運営の基本を現在行われている資本主義
 でもなく共産主義でもなく、『天地万有陰陽総一循環進展の法』に則り共存共栄主義経済により、会社を運営する。
一、わたくしたちは、
 人類文化に貢献せる先人祖先と万霊万物に感謝し、捧誠の心を以て一切の事業に当たり会社と日本民族並に世界人類
 の繁栄と幸福に向かって努力精進する。